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ここでは私“ぶるふぇち”の学生時代の「ブルマーの想い出」を語ってみたいと思います。今から20年以上も
前の話ですが、どうぞご覧下さい。合わせてみなさんからのブルマーの想い出も大募集致します。この
ページにUPしても
良い方は、文章をメールにてご送付下さい。そのまま掲載します。
投稿のページへのリンクは下の方にあります。
小学生の頃私にとって「ブルマー」というのははっきり言ってうっとうしい存在でした。なぜならブルマーの
おかけで
「パンツ」を見ることが出来なかったからです。当時はブルマー姿への愛着というものはほとんど
無く、普段からス
カートの中でブルマーに覆われてしまっている「パンツ」が見たい一心でした。だから当時
は何を隠そう「ハミパン」
大好き少年だったんです。ちなみに6年生の時、クラスメイト全員のパンツチェック
という目標を達成しました。
参考までに当時のブルマーの色は「黒」でした。
中学生にもなると女の子の身体の変化に誰しも“ドキッ”とするものですね。小学生当時からの憧れの女の
子の
セーラー服の後姿に、胸ときめかせたのを覚えています。しかしブルマーとなると、入学当時はやはり
それといった
思い入れはありませんでした。体育の時間はブルマーにではなく、むしろこの時期から着け始
めるブラジャーの
透けて見えるラインにばかり目が行っていました。
中学生になってブルマーを意識し始めたのは3年生になってから。憧れの女の子がムチムチした太腿で校
庭を
歩く姿に初めて「ハッ」としました。女の子の太腿は美しい、そしてその美しさを鮮やかに演出している
のがブル
マーである、ということをこの時初めて実感しました。当時のブルマーの色は「濃紺」でした。最も
ポピュラーな色です。
ブルマーの魅力がようやく分かるようになって高等学校へ進学。(自慢ではあり
ませんが一応共学の進学校
でし
た)楽しい高校生生活が始まるゾ、と思いきや、私の高校生活はブルマーに関しては何とも言えぬ「暗
黒の時代」
でした。女の子たちが全くブルマー姿になってくれなかったんです。一度だけブルマーを目にした
のが、入学して
最初に行われた体育の授業。しかも100m以上離れた場所から。これでは見えないも同然
です。(しかしなんとか
色だけは『エンジ』と分かりました)それ以降は真夏のクソ暑い最中でも常時トレパン
着用。それからというもの3年
間、ブルマー採用校でありながら、校内でブルマーを目にすることはとうとう
一度もありませんでした。
「なぜ我が校の女子生徒はブルマーにならないのか」。そんな事をクラスメイトと議論したことがありました。
(もちろ
ん男子生徒だけで)結論は出ませんでしたが、今になって思うに「上級生がしていたことを真似ただ
け」だったよう
な気がします。伝統というのは変なところで受け継がれていくものですが、かくいう私たち男子
生徒も、一年中トレ
パンを履いて体育の授業を受けていました。私たちが意識を変えて短パンになっていた
ら、女の子たちも刺激され
てブルマーになったかも知れません。しかしそのような「革命」を引き起こすような
指導者は、結局3年間誰一人と
して現れませんでした。
本サイト内の「“ぶるふぇち”って何者?」のページをご覧になれば分かる通り、この時から「ブルマー写真」
を撮り
始めました。初めはカメラを被写体に向けることにとても抵抗があったため、こっそりノーファインダー
で大学近く
の中学校の部活動などを撮影していました。やっと貯めたお金で一眼レフを買い、本格的に撮影
を始めたのが1985年。それ以来9年間毎年体育祭に撮影に出かけました。それらの作品をUPしたサイト
が、ここ「20世紀写真館」な訳です。
私自身「ブルマーは女子高生が一番」と信じて疑わないのですが、その女子高生を体育祭で撮影するには
相当
の勇気が要りました。当時は「アクションカメラ」最盛期で、それ対策と称して何がしかの規制があるの
では、という
思いがありました。また高校生にもなると、親が体育祭を見に来てカメラを構える、ということ
そのものが稀(まれ)。
そんな中一人だけカメラを構えたりしていたら何か言われるのでは、という不安も大
いに
ありました。しかし実際
会場に行ってみると、そのような不安は全く不要で、実に楽しい一日を過ごしたもの
でした。
あぁ、昔は良かったなぁ…。この良き時代はまた訪れるのでしょうか?
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